2013年7月29日月曜日

私の山歩き里歩き紀行・山形編(29)


山形へ行かなくとも観賞できた埼玉桶川の紅花畑

 紅花と山形 

 紅花は、安土桃山時代から江戸時代にかけて京染めや口紅などに使われ、江戸期中頃より出羽の山形周辺においても盛んに栽培されるに至り、享保年間(1716−1736年)には、全国の約4割が出羽最上産とした記録があるという。これには、最上川の船運を通じて近江商人と共に、山形商人も活躍した歴史がある。最上川を利用し、山形と京大坂を船で往来し、紅花商人達は、山形から紅餅を京へ、帰り船には日用品を積み持ち帰って各地に商い、最上川中流付近には多くの豪商が出現した。高校時代利用した山形の八文字屋書店もその一つと聞いた。現在でも、紅花商人達が京から持ち帰った江戸時代の雛人形(享保雛、古今雛など)がたくさん残り、春の雛祭りで披露されている。明治になって中国からの輸入や化学染料の出現で廃れてしまったが、現在では歴史を示し、観光用に僅かながら栽培されている。

 桶川にも紅花畑が 故郷の紅花に興味を持ち、以前から一度は山形へ観賞に出掛けたいと思っていた。ところが前回の旧菖蒲町ラベンダー見物の帰りに、桶川駅でべに花まつり資料をゲットした。早速調べると、桶川でも、江戸の商人が種をもたらし江戸時代から栽培されて、桶川紅花として全国的に知られていたとある。収穫が山形より一月早いともあり、当時から山形紅花を意識していたことが窺われる。現在、市内加納地区にべに花ふるさと館、川田谷地区にべにばなつみとり園があり見頃と聞き早速訪ねた。

 紅花と初対面 

 JR高崎線桶川駅から徒歩40分の地に、加納地区の紅花畑があった。やや赤味を帯びた黄花が畑一枚一杯に咲いている(写真上)。紅花畑は畝作りで、列をなして紅花が咲いている。一部には赤味が濃い花も混じっている。この色の花はピークを過ぎ枯れ始めているものと後に知る。もう少し華やかと思っていたがそうでもない。本日の曇天のせいかもしれない。花の位置、背丈も思ったより低い。初めての観賞で、こんなことを抱きながら、畑の周囲を巡り、シャッターを切った。

 べに花ふるさと館へ立ち寄ったが、特に紅花とは関係ないようで、立派な門を構えた古民家を活用した食堂。門前で販売中の紅花一束を求めて(写真下)、近くにあるもう1箇所の栽培地を目指す。少し離れた地に見付かったが、こちらは花の盛りを越した様子が歴然としていた。それでも、二度カメラを構えて写した。先程来雨が降り出し、タイミング良く市内循環バスが来て、桶川駅へ戻ることが出来た。

 来年再訪へ 

 車中、資料を眺めていると、加納地区にはもう1箇所紅花畑があり、見逃していたと分かった。しかし、山形まで行かなくとも、こんな近くで、念願の紅花を観ることが出来ることをラッキーと考え、今回未訪の桶川川田谷地区とともに、来年にでも訪ねようと思い直した。  
               
                   (2013/06/25 13回卆 工藤 莞司)

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